篠塚建次郎さんは71歳になった今でも現役のラリードライバーとして活躍しています。
そして、篠塚建次郎さんは世界ラリー選手権とパリ・ダカールラリーで日本初の優勝者となり注目されました。
そんな篠塚建次郎さんは三浦友和さんと深い関係があり、ペンションを経営しているのはどんな関係があるんでしょうかね。
この記事では、篠塚建次郎さんと三浦友和さんの関係、妻(嫁)や息子とのペンション経営、愛車やプロフィールを紹介します。
篠塚建次郎と三浦友和は親戚関係!
篠塚建次郎さんと三浦友和さんの関係はどういう関係なのかというと、親戚関係にあるんです。
というのも、篠塚建次郎さんと結婚した妻ひろこさんは三浦友和さんのお姉さんなんですね!
ということで、篠塚建次郎さんと三浦友和さんは義理の兄弟になります。
義理の兄弟とはいえ、篠塚建次郎さんと三浦友和さんとはどれくらいの交流があったか気になるところ。
篠塚建次郎さんの妻ひろこさんがペンション経営を始めるにあたって、ペンションを建設するときに三浦友和さんと山口百恵さんも設計に関わっていたとのことです。
ということは、三浦友和夫妻は自分たちの思い入れもこもったペンションに度々遊びに訪れて、篠塚健次郎夫妻との交流を図っていたようですね。
ちなみに、過去のテレビ番組では、三浦友和さんが篠塚建次郎さんの経営するペンションで篠塚一家を紹介してエピソードを語る一面もみられました。
◎篠塚建次郎さんと親戚関係の三浦友和さんについて・・・こちらの記事もご覧ください♪
篠塚健次郎の妻(嫁)はペンション経営で注目!
篠塚建次郎さんはホストとしてペンション経営に携わっています。
現在はオーナーが篠塚建次郎さんの妻ひろこさん、マネージャー(経営者)は息子さん、ホストは篠塚建次郎さんと、3人で経営しています。
篠塚建次郎さんの家族3人で経営しているペンションの名前は「ら・べるでゅーら」といい、山梨県清里にあります。
もともと、1986年「ら・べるでゅーら」の経営を始めたのは篠塚建次郎さんの妻ひろこさんの両親で、ひろこさんはマネージャーだったそう。
そして、ひろこさんは歌手として芸能人であったことと、三浦友和さんの姉ということで知られていたのでペンション建築中から話題になりました。
また、ペンションのオープン時には「百恵ちゃんのペンション」として知名度が上がり、そんな中翌年の1987年に篠塚建次郎さんとひろこさんは結婚しました。
ちょうど、篠塚建次郎さんとひろこさんが結婚したのは、篠塚建次郎さんがパリ・ダカールラリーで3位になり注目されていた頃だったので、
ペンションはさらに話題となり、リピーターも増えました。
ペンションのHPには、夫の篠塚建次郎さんと、三浦友和さんと山口百恵さんのおかげでこのペンションが有名になったのは否めないと書いてありますね(笑)
その後、篠塚建次郎さんのペンションは13年間も営業を続けましたが、
篠塚建次郎さんが2000年にフランスに赴任が決まったことがきっかけに家族そろって渡仏してペンションは長期休業に入ります。
そして、13年後の2013年についに現在のように家族3人でのペンションの営業を再開することになりました。
篠塚建次郎の息子は舞台俳優!
父が有名なラリードライバー、母が元歌手で三浦友和の姉である夫婦から産まれた息子さんは、
現在舞台俳優でいらっしゃいます。
絲木建太(いとぎけんた)という名前で活躍されていますが、本名は篠塚建太さんです。
そして、篠塚建次郎さんの息子である絲木建太さんと三浦友和さんの息子は従弟関係となり、ミュージシャンの三浦祐太郎さんと俳優の三浦貴大さんがいますね。
篠塚建次郎さんの息子である建太さんは、大学生の時に芸能事務所からスカウトを受けて俳優でユニットを汲んでデビューしています。
その後、ドラマやTV出演などしながらペンションのマネージャーとして活躍中です。
篠塚建次郎さんの息子さんは見た感じ、どちらかと言えばおかあさまの血を強く引いたのかな?と個人的には思いました・・・。
◎絲木建太さんのいとこにあたる三浦友和さんの息子は三浦祐太朗さんと三浦貴大さんについて・・・こちらの記事もご覧ください♪
https://poco-cebolla.me/miuratomokazu-chonan/
篠塚建次郎の愛車は? -プロフィール-
篠塚建次郎 (しのづか けんじろう)
- 生年月日:1948年11月20日(2020年9月現在 71歳)
- 出身地:東京都大田区
篠塚建次郎さんは1967年(19歳)友人の誘いでナビゲーターラリーに初めて参加。
大学卒業後、三菱自動車に就職した篠塚建次郎さんは販売店のセールス万マンや整備工場のメカニックなどを経験しながら週末だけラリーに出場する社員ラリードライバーでした。
その後、篠塚建次郎さんは国内ラリーに参加してチャンピオンになっていたので、1974年(26歳)からは海外に目を向けて海外のラリーに参加します。
ところが、オイルショックや排気ガス対策などの理由で1978年(28歳)三菱自動車はラリーの活動休止となり、篠塚建次郎さんは三菱自動車のサラリーマンに戻りました。
そしてついに1986年(37歳)のパリ・ダカールラリーに出場し、競技に復活することに。
世界一過酷なモータースポーツといわれている「パリ・ダカール・ラリー」は走行距離1万km、骨折や怪我は当たり前、
時には高速クラッシュで大怪我する恐れもあり、命を失う可能性もあります。
そんな超過酷なパリダカで篠塚建次郎さんは、1987年総合3位、翌年2位、1997年には総合優勝を飾ります。
また、篠塚建次郎さんは1991年、1992年と連続でWRCのラリーでも優勝して、人気と実力がウナギ昇り。
篠塚建次郎さんは日本でのパリダカの知名度を上げた功労者でもあります。
そんな篠原建次郎さんは車好きなので愛車の遍歴もなかなかのものですが、篠塚建次郎さんのかつての愛車は三菱自動車のパジェロだったこともありました。
また、篠塚建次郎さんの愛車の中には三菱だけではなく日産やマツダの車もありましたよ。
篠塚建次郎は喜寿まで現役で活動予定! -まとめ-
日本屈指のラリードライバー篠塚建次郎さんは、もうすでに70歳を超えていらっしゃいます。
それでもなお現役にこだわり、精力的なラリー活動を続けられているのがSNSでもよく発信されています。
篠塚建次郎さんは過去の経験を活かして現在では、安全運転・省エネ運転、高齢者の安全運転などの講演で全国各地を回っていたり、
雪道を安全に走るスノードライビングスクールなども開催しています。
また、篠塚建次郎さんは2002年にはなんと、セネガルに小学校を設立しています。
そして、篠塚建次郎さんは2008年からもソーラーカーのレースに参加していて、生涯現役という目標を掲げられクロスカントリーラリーにも出場。
喜寿までバリバリの現役でいるつもりだそうです、スゴイ!あと6年!
息子さんの絲木健太さんのご活躍に負けず劣らず篠原建次郎さんは、まだまだ突っ走るようですね!